雅楽の指揮者鞨鼓(かっこ)を打つ人、聴く人

よく聴衆から、「雅楽には指揮者がいないのに、どうやってあんなにピッタリ音を合わせるのでしょう」という質問をうけることがある。なかなか良い所を見てくれるものだ。全員の呼吸で一つのテンポ、一つのリズムをつくっていくことは演奏上最も苦心するところであり、また醍醐味でもある。先日あるテレビ番組で、若手雅楽演奏家の東儀秀樹さんが同じ質問を受けていた。東儀さんは「演奏をしながら、他のメンバーが何を考えているのか手に取るように分かる程になると、指揮者がいなくてもちゃんと合います。」と答えていた。東儀さんの言ったことは雅楽に限らず、あらゆる合奏にあてはまる。

オーケストラの場合も、指揮者の棒にひたすら従っていけばちゃんとした合奏になると想像されがちだが、プロに言わせるとそうではない。こんな話を聞いたことがある。ベルリンフィルの有名なバイオリン奏者が引退の時に皆にスピーチをした。「私の在籍中にベルリンフィルの演奏技術は格段に進歩した。だが、まだ治さねばならぬ大きな欠点が三つある」。さて、その三つの欠点とは何かと聞き耳を立てた楽員らに向かって、彼の言ったことは「リズムが悪い」、「音程が悪い」そして「他の楽器を聴こうとしない」だったそうである。ベルリンフィルのメンバーはこのスピーチを聞いて、おそらく腹を抱えて笑ったことだろう。しかし、心の中ではなるほどそのとおりと思ったに違いない。この三つは、オーケストラに限らず音楽を合奏するための基本中の基本だが、また永遠のテーマでもある。たとえ世界最高のベルリンフィルでも、彼らなりのレベルでの苦労があるはずなのだ。

リズム、音程もさることながら、三番目にあげられた自分の合奏相手をよく聴いて、その人の音楽を的確にとらえるということは、熟練した演奏者でも苦心していると思う。これは、かりに指揮者がいたとしても、合奏をする上で重要な心がけである。

以上のことを前提とした上での話だが、実は雅楽にも指揮者のような人は存在する。それは鞨鼓(かっこ)という打楽器を演奏している人だ。わが洋遊会では会長の岡田さんがこれを受け持っている。鞨鼓は長年の雅楽の経験がないと打てないとされており、どの雅楽団体でもたいてい会長とか楽長さんがその役にあるようだ。岡田会長も五十年の雅楽歴があり、舞と篳篥(ひちりき)で私の先輩である。鞨鼓の奏者はメンバーに向かって身振りで示すのではなく、自分でも演奏に加わりながらリードをするところに難しさがある。また、他のメンバーの側も鞨鼓の音を聴いてとっさにその意図を悟らなければならない。それには相応の雅楽の素養と、演奏時の緊張を要求されるのである。これが雅楽の、一番面白いところでもある。

(平成13年10月3日 富山新聞(第26回)掲載分より)

 

掲載あとがき

 

あらためて調べたところ、スピーチしたベルリンフィルのバイオリニストとは、有名なコンサートマスター、ミシェル・シュバルベです。カラヤンの時代、ベルリンフィル東京公演で、R.シュトラウスの「英雄の生涯」を聴いたことがありますが、コンマスがまだ健在のシュバルベでした。彼が登場した途端、カラヤン以上に大きな拍手が起こりました。それももっともで、この大曲の場合、カラヤンの指揮もさることながら、中間部の長い流麗なバイオリン・ソロをシュバルベが艶やかな音で聴かせるのがベルルリンフィルの呼びものでした。とは言え、コンマスに拍手が起こるというのは、その頃全く異例のことでした。

最近は、日本のオーケストラ公演ではよくコンマス登場で聴衆が拍手をします。コンマスの方でも心得て、わざと一呼吸遅れて登場したりするようですが、あれは私のようなオールドファンにはあまりいただけません。コンマスはあくまでプレーヤーの一員であり、他のメンバーと隔絶した存在ではないはずです。拍手などするのは、この曲のシュバルベのような、よほど特殊な期待がある時に限るのではないでしょうか。


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