| 乱暴な歌詞、「久米歌」−おごそかな舞とは裏腹な意味 | |
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これまでいくつかご紹介したように雅楽には、歌い物(歌謡)がたくさんある。その中で最も古いいわれを持つのは「久米歌」という歌だろう。この歌は、古事記や日本書紀にも出てくる。神武天皇が大和を平定した祝宴で兵士が歌ったものというから、日本の建国神話の歌である。初めてこれを習ったとき、楽譜の歌詞がすべて万葉仮名で書いてあるのにはびっくりした。曲調がのどかで親しみやすいが、歌詞の内容はいったいどこが日本の建国と関係があるのかふしぎなものだ。 やや長い歌詞なので前半は原文を省略し、意味だけをご紹介する。 「大和の宇陀の高い山で鳥のシギをつかまえようと網をはっていたら、シギではなくてクジラがかかったよ」。 この部分も何だかわけがわからないが、問題は後半だ。とれたクジラの分け前の話である。 原文は 「前妻が 肴乞わさば 立柧稜の 實の無けくを こきしひゑね 後妻が 肴乞わさば ?實の多けくを こきだひゑね ええしやこしや」。 意味は「古い女房がクジラを欲しがるなら、肉のついていない所をちょっとだけやれば良い。新しい女房が欲しがれば、肉のいっぱいついた所をたっぷりやるのだぞ。えい、わかったか。この間ぬけめ」ということだそうだ。 どなたが聞いても少し乱暴な歌詞、特に女性の読者はけしからん歌詞だと思われることだろう。ある学者は、一夫多妻の古代には子供を産めなくなった年長の妻が食生活でも冷遇されたのだと解説していた。それにしても、戦勝の祝宴でこんな歌を歌わなくても良さそうなものだ。神話によれば、神武天皇の軍隊は九州から大和へ遠征した。遠征軍が家族づれだったはずは無いから、兵士たちが大和で新しい妻を迎えたのかなとも考えた。しかし、最近こう思いあたった。この歌は、勝ちほこった若い男ばかりが酒を飲みながら歌ったところにポイントがある。私は学生時代に男子ばかりの学生寮にいた。よく友人と酒を飲んではドラ声をはりあげて歌ったものだが、その中にはけっこうけしからん内容の歌詞もあった。この久米歌にはそんな歌と同じようなノリが感じられる、と言ったら古事記の神々に失礼だろうか。 久米歌には久米舞という舞がついている。こちらの方は歌詞の内容とは裏腹におごそかなものだ。緋の衣をまとった四人の舞人が太刀をつけて舞う。中間部には、「抜剣の舞」と言って、和琴という古代の琴がポロンポロンとかすかに鳴る中を、舞人がおまじないのように全員でゆったりと太刀を振りまわす場面がある。いかにも神代の舞だ。 わが洋遊会でも久米舞をやりたいのだが、一つ心配がある。洋遊会の舞の中軸は今や女性なのである。仕事や家事をこなした上に芸まで極めようという志の高いOLや奥様方が、こんな歌詞で舞うことを承知するだろうか。上演を提案しようと思いつつ、なんだかいつも気が引けてしまうのである。 掲載後記 如何に見ても、久米舞のおごそかさと久米歌の内容はアンマッチに感じます。現在の久米舞は江戸時代に再興されたものだそうですから、そのときにおごそかな舞が考えられたのかもしれません。 女性が活躍するのは近年どの雅楽会でも共通の現象のようです。源氏物語などを見ると、女性が盛んに雅楽をやっているわけだから、私はこれが雅楽本来のあり方だと思っています。楽家制度が出来てから、雅楽は男性中心になったのではないでしょうか。 歌舞伎も創始者は出雲の阿国という女性です。能でも、吉川英治さんの「私本太平記」では観阿弥の母親という女猿楽師が活躍します。綿密な考証をされた吉川さんのことですから、女猿楽は本当にあったのではないでしょうか。女性にはもともと芸能センスのある人が多いのだと思います。 |
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