頭取の話― 一番の実力者

私の友人、高木繁雄君が北陸銀行の頭取に就任した。実は、この連載は高木君のすすめで始めたものだ。「お前の話は門外漢のぼくにもなかなか面白い。一度どこかへ書いてみたら」と言われ、その気になっていたところへ新聞社の方からお話があった。今でも彼は多忙の中、時々読後の感想を伝えてくれる。

高木君とは三十年以上前、東京の富山県学生寮へ入った時以来の仲だ。大学や専攻はさまざまだがいずれもぽっと出の一年生が二十人ぐらいいて、大変仲が良かった。入寮したての頃、誰かが、「おい、目白という駅はどう行くんだ」と言う。本当は寮のある世田谷の豪徳寺から目白までは、電車で乗換えが一回あるだけでまったく簡単な順路だ。それを、皆で地図を見ながら三十分ぐらいかけて議論する。結論が出てその男が出発したあと、今度は、「目白とは女子大のある所だが、あいつ合ハイ(今で言う合コン)かな」とうらやましがる、というような生活を送っていた。そんな中から銀行の頭取が出るとはちょっとした感慨を抱く。

ところで、この「頭取」というのはもともと雅楽のことばである。これは高木君も知らないだろう。世の中には雅楽から出たことばが意外に多い。銀行員がよくやる「打ち合わせ」もそうなのだけれど、これは次の機会に話そう。「頭取」は雅楽の「音頭を取る」ということばから生まれたものだ。「音頭」も今では「花笠音頭」など民謡の曲名に使われているが、もとは雅楽の「第一奏者」あるいは「ソリスト」(独奏者)の意味だった。たいていの雅楽の曲はまず「ヒイーッ」と鳴る横笛の音頭の独奏から始まる。横笛だけでなく篳篥(ひちりき)(しょう)など他の楽器にも音頭がいる。それ以外の演奏者は補助のようなかたちで、音頭に付き従って演奏するのだ。音頭を受け持つ演奏者、すなわち「音頭を取る」人は独奏をしたり、皆を引っ張るのだから責任重大である。一番の実力者か、経験豊富な人でないと勤まらない。そして全員が実力を認め、いつも音頭を取る人が「頭取」というわけだ。

江戸時代にはそれから発展して、芝居や音曲の興行の責任者を「頭取」と言うようになったらしい。また、一般の社会にも普及した。「町内でお花見をしたいですね。ひとつ私が音頭を取りましょうか」とか「いや、いつも気の毒だ。今度の花見は私が頭取を勤めましょう」という風に盛んに使われた。幹事さんという意味にもなったのだ。

明治になっていろいろな会社ができた時、普通の会社のトップは「社長」になったのになぜ銀行だけ「頭取」になったのだろうか。これについては銀行の人の方が詳しいだろう。銀行というのはたくさんの両替商が合同して設立したものが多いそうだ。あるいは、その時音頭を取った人が「頭取」になったのかもしれない。

雅楽の合奏の始めに頭取が堂々とした音で吹き始めると、それだけで他の奏者も落ち着き、良い演奏になるものだ。経済情勢は相変わらず厳しいが、親友が銀行で実力どおりの名演奏をすることを陰ながら祈っている。

(平成14年7月1日 富山新聞(第58回)掲載分より)

掲載後記

この「1,300年のクラシック」は、2003年3月で、連載を終え、現在富山新聞社で刊行準備中です。本の序文を高木君が書いてくれることになりました。「銀行の頭取なんかが序文を書いたら、この本の格が落ちるんじゃないか」と心配しておりましたが、本記事にあるとおり、「頭取」さんはもっともふさわしいと思います。

なお、刊行本には郷土福岡町の話を少し書き足しました。(すべて雅楽関連の話で、内容的には他の部分より面白いかもしれません)新聞社のお話では、やはり福岡町にはご愛読の方が多く、売れ行きのために書いて欲しいとのことです。私は長年保険の営業をやっていましたので、営業サイドのご要請にはすぐに応じてしまいます。




前ページへ←          

トップへ  会について  会の活動  掲示板  雅楽歴史エピソード  リンク