洋遊会の名器「看影(かげみえ)

 

歴史に有名な雅楽の楽器には、大てい面白い逸話がついている。いつぞやこの欄でお話した篳篥(ひちりき)の「海賊丸」の話も面白いが、平敦盛(たいらのあつもり)の横笛「小枝(さえだ)」や、平経政(たいらのつねまさ)(経正と書く本もある)の亡霊がその音を慕って現れたという琵琶「青山(せいざん)」の話などは世阿弥が能を作っているほどだ。ちなみにこの内「青山」の琵琶の方は御物として現存しており、私は二度拝見したことがある。絃をはずしてあったので音を出すことができず、本当に経政の亡霊が出るかどうかは確かめようが無かった。

洋遊会に伝わる龍笛(横笛)で、大変味わい深い逸話を持つ名器がある。もとは洋遊会の中興の祖、川島静哉さんの持ち物だったが、川島さんが亡くなった後は別の会員が所蔵されている。名前を「看影(かげみえ)」という笛で、この名前は光格天皇という江戸時代の天皇がつけられたものだ。

その由来はこうである。この笛は元来宮中の龍笛の家元である山井(やまのい)という家に伝わるものだった。光格天皇の頃この家の当主は山井景貫(かげつら)という人で、老齢ながら名人の評判が高く、天皇もこの人から龍笛を習って相当の吹き手であられた。さて、この天皇はもと閑院(かんいんの)(みや)家のお生まれだが、前の天皇が皇子の無いまま崩御されたので、急に即位をされることとなった。ご即位の前後にはいろいろ儀式が続き、しばらく笛のことを忘れておられた。ようやく落ち着いたある日天皇は久しぶりに合奏をしたいと思われ、近臣に景貫を参内させよと命じられた。ところが景貫は既に死んでしまっていたのである。天皇はそれを聞いて驚かれ、景貫の孫の基孚(もとざね)という人に景貫の吹いていた笛を持ってこさせ、御前で吹かせた。しばし、眼をつぶって聴かれた後「こうしてその笛を聴いていると、死んだ景貫の影が見えるような気がする。万葉集に(安積(あさ)()山 影さえ見ゆる 山の井の 浅き心を わが思はなくに)という歌がある。私が師の景貫を尊敬する気持ちも決して浅いものでは無かったのに、その死を知らなかったのは残念だ。お前の家は山井(やまのい)というからこの歌にちなみ、その笛に看影(かげみえ)と名をつけて時折私に聴かせてくれ。」とおっしゃった。これが名笛看影(かげみえ)の由来で、山井家の家伝にある話だ。万葉集の歌の意味は「みちのくの名所、安積香山には浅い泉があって、自分の写った影が簡単に見えるくらいですが、私が貴方をお慕いする心はそんな風な浅いものではありませんよ」ということである。その後山井家の代々の当主がこの笛を吹いたが、大正時代にこの楽家は絶えてしまった。最後の当主からこの笛は川島さんに託されたのである。私の父は生前洋遊会の龍笛のトップ奏者で、若い頃一度この看影を吹いたことがあると話していた。しかし、他の笛の数倍太い息づかいが必要で、当時の父の腕では十分に吹きこなせなかったとのことである。

平成13年11月14日 富山新聞(第38回)掲載分より

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