雅楽のチューニング(音合わせ)用の音楽、音取には各調の雰囲気が濃厚に盛りこまれていると説明した。いったい音楽の調に固有の雰囲気とか特色というものがあるのだろうかと思われるかもしれないが、雅楽の調はそれぞれ季節感と密接に結びついていると言われる。
実は西洋のクラシック音楽でも、各調には独特の雰囲気があると言われている。たとえば、変ホ長調は堂々とした感じの曲が多い(例をあげればベートーベンの交響曲「英雄」、ピアノ協奏曲「皇帝」)。また、ヘ長調は牧歌的でのどかな感じがする(同じくベートーベンの「田園」)と言われているらしい。ある日本の有名なピアニストの自伝に、こんな主旨のことが書かれていた。「音楽の各調にはそれぞれ固有の色彩がある。曲の転調などのときには、それを感じながら弾き分けないと良い演奏はできない」。しかし、そこまで感じながら、音楽を楽しめる人は少ないのではないだろうか。私などは「そう言われてみればそんな感じもするかな」と思う程度である。
雅楽の場合、先人ははさすがに日本人だけに調に季節を感じたらしい。たとえば双調(そうじょう)(基音がソの音)という調は春の調とされている。双調の曲は「春庭花(しゅんていか)」とか、「柳花苑(りゅうかえん)」とか春めいた名前のものが多い。これに対して盤渉調(ばんしきちょう)(基音がシの音)は秋の調とされている。
いつ頃からこんなことが決められているのかは知らない。しかし、源氏物語の雅楽演奏の場面ではきっちりその季節ごとの調の曲が演奏されている。おそらくその頃の王朝人にとっては既に常識だったのだろう。それに、紫式部は相当音楽に造詣の深い人だったようだ。
長年雅楽をやっているせいか、私はこの雅楽の季節感の方ならよくわかる。双調の音取を聴いただけで、春のように心がうきうきしてくるのだ。この点だけは紫式部たちと感性が一緒になっているらしい。私の感じている季節感というのが、雅楽の先輩から教えこまれたための単なる思い込みなのか、それともやはりその調が本来持っている味わいなのか、今ひとつ判断に迷う。一度聴衆にいろいろな音取を聴いてもらって、私と同じように感じてもらえるかを確かめてみたいものだ。
(平成13年5月9日掲載)
|