現代雅楽

 −武満さんの隣で聴いた「秋庭歌」の初演−
 金沢、音楽堂で東京の雅楽演奏団体、伶楽舎(れいがくしゃ)の公演があった。曲目に武満(たけみつ)徹作曲の雅楽「秋庭歌」が取り上げられた。現代作曲家の作った雅楽はふつう新作雅楽とか現代雅楽と呼ばれるが、この「秋庭歌」はそんな呼び方を超えてりっぱな古典としての地位を占めている。

 近代、現代の作曲家で雅楽に興味を示した人は数多い。西洋の人では19世紀末フランス印象派音楽の元祖、ドビュッシーが雅楽の和音や音階を使った。なんでもパリの万国博の日本展示館で、笙(しょう)を見てから研究したのだそうだ。私はかつて学生オーケストラでホルンを吹いていた。その頃からドビュッシーの音楽が好きで、聴くと何だかなつかしい気分がしたものだ。これは案外雅楽の和音のせいなのかも知れない。

 電子音楽で有名なシュトックハウゼンは雅楽そのものを作曲している。二十年以上前に東京で初演され、私も聴いた。大変忙しい感じの曲で雅楽らしい味わいは無かったが、芝祐靖(すけやす)先生の龍笛独奏をはじめ宮内庁楽部の演奏技術には感心した。これにはその時シュトックハウゼンも驚嘆したとのことだ。その芝先生は現在、伶楽舎の音楽監督である。

 日本人の有名な作曲家では、黛(まゆずみ)敏郎、松平頼則(よりつね)、石井真木などが雅楽を作った。私の学生オーケストラの大先輩である柴田南雄(みなお)さんも雅楽を作曲され、たまたまその初演に私が篳篥(ひちりき)で参加した。柴田さんに「後輩です」と挨拶したら、目を丸くされた。まさかオーケストラの後輩でそんなことをやっているやつがいるとは思わなかったのだろう。

 武満徹の「秋庭歌」はそれらの中で、今や一番人気の曲だ。しかも、西洋クラシック系の音楽ファンと、雅楽の人の双方に人気が高いところがすごい。実はこの曲の初演も私は三十年前に聴いた。確か東京の国立劇場で、現代雅楽がいくつか演奏されたうちの一つであった。正直な所その時はこの「秋庭歌」にあまり感心した記憶がない。当時の私はまだこの曲の良さが分からなかったのだろう。ただ、曲が終わったとたん聴衆がなぜか私の方へ向かって一斉に大きな拍手をした。なんだろうと戸惑ったら、隣席の灰色のトックリセーターを着たおじさんが聴衆にヒョコヒョコお辞儀をしている。どうやら作曲者だ。私は世界的大作曲家、武満徹さんの新作をその隣で聴いていたのだ。そのことだけが鮮明に記憶に残っている。今回、伶楽舎の演奏会で改めて聴いたら、実に素晴らしい曲だと思った。本当に大きな秋の空気を感じさせる。間違いなく武満さんの代表作の一つだし、将来も(ひょっとしたら千年後も)雅楽の名曲に数えられるだろう。しかし、名曲が本当に名曲になるためには作曲者ばかりでなく、これを長年にわたって磨く演奏者たちの役割が重要なのだ。演奏にかなりの人数が必要で大変だが、いずれ我々洋遊会も「秋庭歌」を取り上げてみたいものである。

(平成13年12月19日掲載)

あとがき



 時がたつと、演奏会の記憶が混同してしまうことがあります。だから、「秋庭歌」の初演の記憶も、会場やほかの曲目にはあるいは間違いがあるかもしれません。ですが、この時の武満さんの顔とトックリセーターは割に鮮明に覚えています。多分寒がりの人だったのではないでしょうか。

 拙著、「1300年のクラシック」の読後感を送っていただいた芝祐靖先生のお手紙によると、この曲は別の項で述べた「調性の季節感」ということについても細やかな心遣いがしてあるのだそうです。そこまでは全く気がつきませんでした。(ちなみに、芝先生から他の記事についてもたくさんの注意点ご指摘を受けましたが、その上でずいぶんお買い上げをいただきました。感激の至りです)

 最近、富山県内の高校の先生の音楽部会というところで、雅楽の説明をする機会がありました。相手は音楽の先生方ですから少しは専門的な話のほうが良いと思って、八多良(やたら)拍子と西洋音楽の4分の5拍子(チャイコフスキーの「悲愴」第2楽章やラベルの「ダフニスとクロエ」の終曲がそうです)を比較したりしました。雅楽の歴史のところで、最後に伶楽舎の「秋庭歌」のCDを少し聴いてもらいました。さすがに先生方はじっと聴いておられ、良い曲だと思われた様子です。私も一緒に聴いたわけですが、「悲愴」や雅楽の古典をいろいろ聴いたあとだったせいか、新たな発見をしたような気がしました。「秋庭歌は、西洋音楽や雅楽という範疇にとらわれた音楽ではない。それ以前に紛れもなく武満徹の音楽だ」という思いがしたのです。何というか、チャイコフスキーやラベルと同じく強烈な自分の音楽の主張を感じました。「自分のことばで書いた雅楽」とでも言ったら良いでしょうか。武満徹以外の誰にもこの曲が作れたとは思えません。惜しいかなすごい人が亡くなったものです。こんな「自分のことばの雅楽」が今後も出てこないものでしょうかね。

戻る